モンテッソーリ教育 高崎市 St.ボスコこどものいえ

モンテッソーリ教育 高崎市 St.ボスコこどものいえ

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マリア・モンテッソリーニについて

マリア・モンテッソーリについて

「こどものいえ」を創設したマリア・モンテッソーリ(Maria Montessori)は、1870年8月にイタリアのキァラヴァルレという町で生まれました。ローマ大学医学部に女性としてはじめて入学し、医学博士号を取得しました。
ローマ大学医学部在学中、当時の大学のシステムは男性中心で、男子学生に混じっての研究には困難が多すぎ、マリアは医学の勉強を断念せざるをえないと思いました。
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しかしそのようなある日、研究室をあとに家に帰る途中、二歳半くらいの女の子を連れた、お母さんの物乞いに出会いました。お母さんがマリアに物乞いをして いる時に、惨めなその境遇とは無関係に、その女の子は地面に座り込み、色紙の切れ端を手でいじりながら集中して、顔は充実感にあふれていました。マリアは その女の子の姿を見て、「ハッ!」として、不思議な感動を覚えながら研究室に戻りました。マリアはこの時の感覚を、ニュートンがリンゴの落ちるのを見た時 と同じ感覚だったに違いないと、後に述べています。

マリアは、手を使いながら集中しているこどものなかに、何が起きているのか、生理学・医学・生物学などの知識を得ながら、研究を重ねました。後にこどもの なかに集中するという現象が起こると、こどもが生まれ変わったように落ちつき、利己的でなく社会的に豊かな社会性を身につけるようになることに気づきまし た。マリアは、この現象は教育にとってきわめて重要なことだと考え、多くのこどもたちのために役立てたいと思いました。

ローマ大学を卒業後、ローマ大学附属病院で障害児の治療教育に携わりました。そこのこどもたちは、床を這いずり、パン屑をいじりまわしていました。マリア はその様子を「こどもたちは皆、与えられたパンで床の上で遊んでいる。そしてパンで何か形を作りそれが汚く散らかっている。この時、部屋にはベッドしかな く、障害児には遊びに役立つ全ての手段が取り除かれていたのです。それでも、こどもたちは食べることよりも、もっと次元の高いものを求めているのだという ことを知ったのです。それは、いたいけなこどもたちが手を使うことで獲得できる知性への道だということを本能的に感じ、身近にあるものから知性への糸口を もとめた末に、仕方なく打開策としてパンをこね回しているのだろう。」と後に述べています。

ローマ大学附属病院で障害児の治療教育に携わっていたその間、フランスの医師エドワード・セガンに出会いました。「生理学的感覚教育こそが知能の陶冶のた めの王道であり、記憶でなく経験こそが理念の母である。」というセガンの言葉に感銘を受け、マリアはこどもたちにセガンの教具を用いて、教育を試みまし た。セガンの教具を用いることにより、障害児のこどもたちは読み書きを覚えたり、当時の教育の常識では考えられなかった成果を上げました。

その後、「“障害児と取り組み始めた当初から、私が用いている方法は、障害のあるこどもの教育だけに限定される方法ではない”と感じていた」と自著に書い ていますように、障害児に用いた教育方法を、健常児にも適用する機会が、マリアに訪れました。ローマ住宅改良協会会長のエドワード・タラモが、貧困層向け のアパートに保育施設を設置した際、マリアにその保育施設の監督と指導を任せたのです。この保育施設は、タラモとマリアの共通の友であるオルガ・ロディ婦 人によって、「こどものいえ(Casa dei bosco)」と名づけられました。

このようにして1907年1月、こどものいえ(注:現在ではモンテッソーリ教育をおこなう幼児教育施設をさします)が生まれました。このこどものいえの実践から生まれたのが、「モンテッソーリ教育法(The Montessori method)」です。

モンテッソーリ教育の基本は、「大人とこどもは全く異なる存在であり、こどもは生まれたときから、自分を自発的に発達させるプログラムを持っている。だか ら、こどもがそのプログラムをのびのびと発達させる自由と適切な環境が与えられれば、こどもは、生き生きと躍動的に自らを成長させる。」という考えに基づ いています。よってモンテッソーリ教育においては、教師(または親、おとな)は「教える人」ではなく、こどもたちが主体となって活動できるように、こども たちを観察し、それぞれの発達段階を見極め、適切な環境をつくり導いていく援助者(人的環境要素)であると同時に、こどもたちを通じて、よき援助者として 自らも成長してゆくのです。

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モンテッソーリ教育の目的は、教師(親、おとな)が発達段階にあるこどもを援助しながら、「自立していて、有能で、責任感と他人への思いやりがあり、生涯 学び続ける姿勢を持った人間に育てる」ことです。この目的を達成するために、マリアはこどもたちが生活している場を研究室とみなし、自由に活動するこども たちを観察しながら得た事実に基づいた教育法を構成し、また教具(物的環境要素)を製作しました。

マリアは、「モンテッソーリ教育法」の普及と教師の養成に取り組みました。晩年には、平和と子どもの生命の尊重を訴える運動により、1949年から 1951年にかけてノーベル平和賞の候補にもあげられましたが、1952年5月、ファシズムを逃れて移住したオランダのノルドベェーク・アーン・ゼーン で、81歳の生涯を閉じました。その墓碑には「私はすべての可愛い力強いこどもたちに、私と共に人間とこの世界に、平和を建設するため、手を取り団結して くれることを願います」と刻まれています。
Write by.Takakura.